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ジョン・ウェインとジョン・フォード

偉大なる気骨の男ジョン・フォード(略歴)

1935年『男の敵』のビクター・マクラグレン(左)とヘザー・エンゼル(右)
1935年『男の敵』The Informer


1939年 駅馬車

1946年『荒野の決闘』よりビクター・マチュア(前)とヘンリーフォンダ(後方)
1946年 荒野の決闘

1950年『リオ・グランデの砦』
1950年 リオ・グランデの砦

 
名前(本名) ジョン・フォード Jhon Ford
生年月日 1895年2月1日
出身地 アメリカ メイン州ケープ・エリザベス
没年月日 1973年8月31日
デビュー(俳優)  
デビュー(監督) 1917年 鄙より都会へBuking Broadway
代表作
緑字はウェイン出演作
1924年アイアン・ホース(The Iron Horse)
1926年三悪人(Three Bad Men)
1928年 マザー・マクリー(Mother Machree
1928年 血涙の志士(
Hangman,s Horse
1935年 男の敵(The Informer)
1939年 駅馬車(Stargecoach)
1940年 怒りの葡萄(The Grapes of Wrath)
1945年 コレヒドール戦記(They were Expendable)
1946年 荒野の決闘(My Darling Clementine)
1948年 アパッチ砦(Fort Apache)
1949年 黄色いリボン(She wore a Yellow Ribbon)
1950年 リオ・グランデの砦(Rio Grande)
1952年 静かなる男(The Quiet Man)
1956年 捜索者(The Searchers)
1959年 騎兵隊(The Horsesoldiers)他多数
遺作 1970年 Chestry:A Trouble to Legend

若き日のジョン・フォード

ジョン・フォードと云えばどの様なイメージを我々は抱くだろうか。
パイプを片時も離さなず、左目に黒いアイパッチを施し老いても尚も鋭い眼光の
大男。そんな姿を思い浮かべる人は、少なくないであろう。
 内面のフォードのイメージとしては、気骨の人、頑固一徹、天上天下唯我独尊、
偏屈男、そして映画界の帝王等様々なイメージがあると思う。
日本でも『世界の黒沢』として日本映画界の帝王として君臨してきた黒澤明御大
のイメージとどこか似たイメージがあると思う。

ジョン・フォードは1895年2月1日アメリカ メイン州ケープ・エリザベスにて生を受
けた。両親はアイルダンド移民だった。
兄弟姉妹は合計13人でフォードは末っ子だった。
長兄であるフランシス・フォードは、ハリウッドの名監督であり、ジョンは、兄に憧
れ、また頼り、高校を卒業後ハリウッドに押しかけ弟子入り志願した。
兄フランシスの監督する作品にエキストラ、または、俳優として参加し、ある時は
大道具や雑役の仕事をこなしながら修行に励んでいた。

シャイアン・ハリー(ハリー・ケリー・シニア)との出会い。

兄フランシス・フォード一座に西部劇の花形スター、ハリー・ケリーがいた。
勿論、ハリー・ケリー・ジュニアの父親である。
ハリー・ケリーは、修行に明け暮れている若きジョン・フォードを随分と目をかけた
という。
ハリー・ケリーは、1878年ニューヨーク州生まれでニューヨーク大学卒業後は、
カウボーイ生活、舞台の脚本書き等を経て1911年映画界入りする。

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