ジョン・ウェイン用語集 |
あ行
| 用語 | 用語の説明 |
| アーネスト ヘイコックス |
アメリカ人 西部劇小説家 ご存知 『駅馬車』の原作者 原題は、『ローズバーグ行き駅馬車』 |
| アイアンホース | ジョン・ウェインを世に出した『駅馬車』の監督ジョン・フォードのサイ レント時代の傑作西部劇。 大陸横断鉄道の建設を軸にインディアンの襲撃やその中でのラブ ロマンスなどを盛り込んでいる。是非ともリメークして欲しい。 1924年(米) 監督 ジョン・フォード 出演 ジョージ・O,ブライエン マッジ・ベラミー |
| アイオワ州 | ジョン・ウェインの生誕地。アイオワ州ウィンターセット 1907年5月26日誕生。 州都 デ・モイン(Des Moines) 成立 1846年 29番目に州として成立。 標語 我ら自由を尊び、権利を守る Our Liberties we prize and our right we will maintain ニックネーム:ホークアイ酋長の州 Hawkeye State トウモロコシの州 Corn State インディアンの部族名からでQuaouiatononで後のアイオワ 川の近くに居住していた。 やがて、Quaouiaと短縮されIowaとなった。 しかしアイオワ族の名前は上記以外に20を超すスペルが あり、諸説ある。 意味に関しては「美しい土地」(スー語)や「鉛筆、ペン」 (ダコタ系部族語)など様々である。 ニックネームの由来は、当時、開拓移民に恐れられていた 「ブラックホーク酋長」(これもニックネーム)から。 眼光が鷹の眼の様。 ちなみにカリフォルニアに次ぐ2番目のトウモロコシ産地 でもある。 |
| アイサ・ウェイン | Aissa Wayne:ジョン・ウェインの3番目の妻ピラ・パレット との間の娘。 1956年3月31日生まれ 出演作 『アラモ』(1960年『コマンチェロ』(1961年) 『マクントリック』(1963年『ドノバン珊瑚礁』(1963年) いずれもエキストラ級出演。 |
| アイパッチ | 隻眼を隠す為に使用される眼帯のこと。 ジョン・ウェインの育ての親であるジョン・フォード監督が晩年使用 していた。 1969年、ジョン・ウェインの代表作の一つである『勇気ある追跡』 (True Grit)の中でウェイン演じるルースター・コクバーン保安官 も若き日の名誉の負傷という形でアイパッチを施している。 この『勇気ある追跡』は、ウェイン映画としては、珍しく続編も公開 されている。『オレゴン魂』(Rooster Cogburn )(1975年)で再び同じ 役を演じた。 |
| アカデミー賞 | 正式にはThe Academy of Motion
Picture Arts and Sciences 意味は、『映画芸術科学アカデミー』って事。 1927年5月11日映画芸術、科学の質の向上を目的に創立された。 MGM撮影所のボスである、ルイス・B・メイヤーの発案のもと、 投票権を持つ5人のみによって構成されていた。 初代会長の地位は当時の大スター、ダグラス・フェアバンクスが 就いた。 第1回目のアカデミー賞授与式では、1928年5月で200人の会員 (映画製作社の労働組合)達がディナーをとる 間、僅か4分少々で終わった。受賞作品は『つばさ』(ウィリアム ・A・ウェルマン)が輝いた。 オスカー像は、受賞の際の人形型のトロフィーであるが、発足間も ない頃、女子事務員が「ウチのオスカー叔父様そっくり!」と言った 事からニックネームが就いた。 ジョン・ウェインのアカデデミー賞関係は(俳優、監督としての)以下 の通りである。(受賞または、ノミネート) 『硫黄島の砂』(1949年)主演男優賞初ノミネート。 『勇気ある追跡』(1969年)主演男優賞受賞。 |
| アディオス | スペイン語で『さようなら』『じゃーね!』『後で、またね!』という意味 西部劇の構造上、メキシコ人の登場する頻度は、かなりある。 我々ウェスタンマニアは、スペイン語は不得手でも、『アディオス』だ けは、理解出来る筈である。 メキシコ人といえば、なんといっても“ペドロ・アルメンダリス”である。 50年代当時メキシコのスーパースターだった。 |
| アニー・オークレイ |
19世紀のウェスタンショーの女性の人気者ロデオスターであり射撃 の名手でもある。 1860年8月13日アメリカ・オハイオ州に生まれる。 ご存知『アニーよ銃をとれ』の主役でもあった。 ワイルド・ビル・コディのウェスタンショーでシッティング・ブルと並ぶ 看板スターでもあった。 射撃の腕は奇跡的で葉巻を咥えた夫の口から葉巻だけを撃ちぬく 技をも披露していたという。 |
| Annie
Laurie アニーローリー |
非公式のジョン・ウェインのエキストラ出演作品。 1927年 (米) 監督 ジョン・S・ロバートソン 出演 リリアン・ギッシュ ノーマン・ケリー スコットランドの有名なマクドナルド家とキャンベル家の戦いを映画 化。民謡アニー・ローリーを聴きたいヒトは、ここをクリック。 |
| アパッチ族 | ご存知インディアン部族の中で最も有名な部族。 詳しくは、こちらをクリック |
| アパッチ砦 | ジョン・フォード監督による『騎兵隊三部作』の最初の作品。 西部史に有名なアメリカ陸軍ジョージ・カスター将軍率いる第七騎兵 隊とスー族とシャイアン族の連合軍との戦いである『リトル・ビッグホ ーンの戦い』の悲劇をモデルにした西部劇。 カスター将軍を思わせるヘンリー・フォンダ扮するサーズディ中佐と 歴戦の指揮者であるジョン・ウェイン扮するヨーク大尉との葛藤が 如実に表れている。 功名心にかられた中佐の無謀な作戦により騎兵隊は大敗を喫する 1948年(米) アパッチ砦 Fort Apache 監督 ジョン・フォード 出演 ジョン・ウェイン ヘンリー・フォンダ シャーリー・テンプル |
| アボガド | 学 名 Persea americana Mill 英 名 avocado、alligator pear、soldier's butter、etc 原産地 中央アメリカおよびメキシコ南部 ★ 果皮は茶色、又は深緑色で中身はこの字の色。 淡白質と脂肪分が豊富。 サラダ、又は、醤油とワサビでトロと同じ味がする。 ★ ジョン・ウェインが死ぬほど嫌いな食べ物。 何番目の妻か判らないけどランチにアボガドサラダをだしたら テーブルをひっくり返して怒り狂う程嫌いらしい。 |
| アマリロ | アメリカ・テキサス州の田舎町。 通称『カウボーイの町』とも呼ばれておりウェスタンブーツやテンガ ロンハット系の人々が目立つ。 プロレスファンの間ではジャンボ鶴田が若手時代修行の為遠征した 地として有名。同地で修行した中にはスタン・ハンセン(引退)や、 テッド・デビアス(引退)がいる。 ドリー・ファンクjrとテリー・ファンクの地元としても有名。 |
| 雨にぬれても | |
| アラスカ(魂) | 映画『アラスカ魂』(North to Alaska)(1960年) ジョン・ウェイン主演の西部劇コメディ映画。 監督 ヘンリー・ハサウェイ 共演 スチュワート・グレンジャー 地名『アラスカ州』 アウトレット・イヌイット(エスキモー)の言葉に由来して「本土」の意 (Alaxsxag)。 ロシア人がそれを翻訳してAlyaskaと呼んだ。 本来の形のAlaskaという名称は、1867年、アメリカがロシアから 買収した時付けられた。 州都 ジュノー(Juneau) 成立 1959年 (49番目) 標語 未来を求めて北へ (North To The Future) ニックネーム:最後のフロンティア(Last Frontier) 真夜中の太陽の州(Land of Midnight Sun) |
| アラモ | ジョン・ウェインがアカデミー賞を狙って私財を投じて監督・主演した 歴史映画。結果はボロクソ。 詳しくは、ここをクリック。 |
| 荒鷲の翼 | 荒鷲の翼(The Wings of Eagles) 1957年(米) 監督 ジョン・フォード 出演 ジョン・ウェイン ワード・ボンド モーリン・O,ハラ パイロットもの。 |
| アラン・ラッド | 言わずもがの『シェーン』(1953年)。 身長170cmと小柄ながら当時最強の早撃ちガンマン役者であり、 寡黙な演技が素晴らしかった。 |
| アルプス一万尺 | 邦題を聞くと「スイス」や「オーストリア」の方のヨーデル系の愛唱歌 に感じるけれど実はアメリカの歌で植民地時代〜独立戦争時代の 準国歌。現代は、『Yankee Doodle』でYankeeは、普段はアメリカ人を 卑下した呼び方であるが、この当時は、主に北部の者への呼称。 Doodleの語源は不明らしい。 『大いなる男たち』1969年 監督 アンドリュー・V・マクラグレン 共演 ロック・ハドソン ベン・ジョンソン ラストシーンでジョン・ウェイン率いる元北軍兵士のカウボーイと ロック・ハドソン率いる元南軍難民の一団が和解して故郷に戻る シーンでハモニカによるBGMがGOODだった。 |
| アンジー・ディッキソン | |
| アンディ・デバイン | アメリカ人 俳優 ジョン・ウェインの出世作『駅馬車』(1939)の“天然ボケ”の御者の “バック”役で印象深い。保安官役のカーリー(ジョージ・バンクラフト) との“ボケとつっこみ”的漫才は、素晴らしかった。 アンディ・デバインは、1905年10月7日アメリカ・アリゾナ州に生まれる 大学時代は、ジョン・ウェインと同じくフットボール選手として有名。 その後、俳優への道を志し、ハリウッドを目指す。 数々の無声映画出演を経験し、『The Spirit of Notre Dame』(1931年) チャンスを掴む。おりしもサイレントからトーキーに移行される頃で アンディの“きしむようなダミ声”が製作者側には、懸念されたが、 逆にそれが魅力となり、コメディ役者として成功するキッカケとなる。 |
| イーサン・エドワーズ | ジョン・ウェインの最高傑作として有名な『捜索者』の役名 元南軍の尉官。兄夫婦と姪と甥をコマンチ族に虐殺され、幼いもう 一人の姪(幼少時ラナ・ウッド 成長後ナタリー・ウッド)はさらわれ てしまう。その姪を求めて捜索の旅に出る。 詳しい説明は本サイトの『捜索者』で。 |
| イーサン・ウェイン | ジョン・ウェインの息子。3番目の妻ピラーパレットとの間の子供 詳しくはここをクリックして。 とりあえず、チョロチョロ俳優活動はしているらしい。 ジョン・イーサン・ウェイン又は、ジョン・E・ウェインの名前でも活躍 |
| 硫黄島の砂 | ※硫黄島 東京から約1200kmの離れ島。小笠原諸島に属するが観光地にあら ず。一般人の入島は難しい。 方位は、北緯24度47分、東経141度19分。厚木とグァム島の中間 島内の面積は約2200万平方メートル。火山活動は現在も活発。 気候は亜熱帯気候で年間平均気温は23度〜24度位。 住所的には東京都小笠原村で郵便番号は、100-2100となる。 ★第二次大戦時の激戦区として有名。大戦時の歴史等、詳しく は、ここをクリック。 ※硫黄島の砂(Sands of
Iwo Jima ) |
| 偉大な生涯の物語 | ジョン・ウェインは、ほんのチョイ役。 『シェーン』で有名なジョージ・スティーブン監督によるキリストの生涯 をドラマ化した長編映画。 ジョン・ウェインの役はキリストを護送する親衛隊隊長。 ほんのチョイ役。 |
| イーライ・ウォラック | 1915年12月7日生まれ アメリカ・ニューヨーク州ブルックリン出身 ジョン・ウェイン映画の出演は無いが、ウェスタンマニアの間では、 悪役として有名。 特に『荒野の七人』(1960年)ジョン・スタージェス監督では、メキシコ の山賊頭の“カルベラ”役を好演。残虐非道な悪役では、あったが、 何故かどこか憎みきれないところがあった。 西部劇では、他に『続・夕陽のガンマン/地獄の決闘』(1966年)や 『マッケンナの黄金』(1969年)などがある。 |
| インディアン | ジョン・ウェイン出演作品に限らず西部劇にはインディアンを扱った 作品が数多い。インディアンの歴史や精神文化を知るには我国では ジョン・ウェイン出演作品で特に評価が高い作品は下記の通り アパッチ砦(1948年) 駅馬車(1939年) 黄色いリボン(1949年) 捜索者(1957年) インディアンに関して国内一のサイトは、『〜風と空と大地と〜』 |
| ウィンターセット | アイオワ州マジソン郡の田舎町。 言わずと知れた我等がジョン・ウェインの出身地。 |
| ウィリアム・シャーマン | 1840年、ウェスト・ポイントを卒業。 米墨戦争では戦闘に参加せず、1853年陸軍を辞職しサンフランシス コの銀行に就職した。 その後、様々な事業に手をつけるがどれ一つ成功しなかった。 1859年、ルイジアナ州にある陸軍学校の校長になるが1861年ルイジ アナ州が連邦脱退すると共に辞職。 陸軍に戻って、第一次ブル・ラン川の戦いに参加したが、その後は 西部戦線で戦った。 シャイローの戦い、ヴィックスバーグの包囲戦線、チャタヌーガの戦い では、ユリシーズ・グラント将軍のもとに配属された。 シャーマンは、アトランタを陥落させた部隊を指揮し、ジョージアを横 切ってサバナまで進軍し、南北カロライナを通って北上した。 最後の南軍部隊は彼に1865年、4月26日降伏した。 シャーマンは全面戦争という考えを持ち、特に「ジョージア横断進軍」 の際無慈悲な焦土作戦を遂行した事で有名だが(ここら辺の事情は 『風と共に去りぬ』で有名) 厳しい南部再建計画には反対であった。 グラント将軍が大統領になると共に後任として陸軍司令官になり、 グラントが1883年に引退するまで勤めた。その後政界入りを勧める 声が高かったが、かたくなに断った。 1961年の西部劇オムニパス映画の『西部開拓史』の1エピソードと してジョン・ウェインは、このウィリアム・シャーマンを演じている。 |
| ウィリアム・ホールデン | |
| ウェスタンヒーローズ | 原題は『The Wild West』 1978年に当時の西部劇役者と開拓史を映画のシーンをもとに紹介 した映画。若い頃のジョン・ウェインやロバート・ミッチャムやチャー ルズ・ブロンソン達のあまり知られていない出演映画のシーンが幾つ もでてくるので楽しめる。 ビデオは大陸書房のピラミッド社から発行されていたが現在は会社 自体が無い為廃盤。 古本屋でタマに見つかる。 |
| 『ウェスタン』(映画名) | |
| ウェスタン村 | 正しくは『日光ウェスタン村』。 西部劇に観られる町並を忠実に再現したアミューズメント。 詳しくはここをクリック |
| ウェスト オブ ザ デバイド |
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| WESTWARD HO! ウェストワード ホー! |
開拓時代のアメリカにおいてフロンティアの言葉が指すのは西へ西へ と進む事だった。 そんな移民達の合言葉がこの『WESTWARD HO!』であり、直訳すると 『お〜い!西へ行こうズラ!』のもとに、未知なる荒野、未知なる西部 を目指した。 映画『WESTWARD HO!』 1935年(米) 監督 ロバート・N・ブラッドベリー 出演 ジョン・ウェイン 『駅馬車』でブレークする前のウェイン出演のB級ウェスタン。 |
| ウォルター・ブレナン | ジョン・ウェイン映画の名物俳優。 特に『リオ・ブラボー』のスタンピー爺さん役は印象に深い。 詳しくはここをクリック |
| うすのろ | 動作や思考がヒトより遅い事。よく言えば思慮深いともとれる。 最も有名な酋長シッティング・ブルが襲名する前の幼少の頃の仇名 であり、本名。 シッティング・ブルに関して詳しくは、ここをクリック。 |
| うどの大木 | ※うどの大木(ことわざ、比喩。) 体ばかり大きくて役に立たない事、または、そういう人間。 ※「うど」 「うど」とは、うこぎ科の多年草で、新芽の時には香りも良く、 食べられる。 成長して2メートルほどになると、食べるには固く、材木としては 柔らか すぎて折れやすく、何の役にも立たない。そこから、役に立たない 人の事を指す様になった。 若い頃のジョン・ウェインは、粗製濫造されたB級西部劇を中心に 活躍していた。乗馬やアクションは、『可』としても肝心の演技の方は 洗練されていなかった。 他に『大根役者』とも呼ばれていたそうな。 |
| 駅馬車 | 詳しくはここをクリック |
| エミリオ・エステベス | 最近の“ビリー・ザ・キッド”と云えばこの人を指す。 『ヤングガン』1988年(米) リンカーン郡の戦いを背景にしたビリー・ザ・キッド映画の名作。 エミリオ・エステベス 出生 1962年5月12日生まれ 出身 アメリカ・ニューヨーク州 1980年よりTVドラマで活躍しながら1983年フランシス・コッポラ監督の 名作『アウトサイダー』の不良少年集団の一員として脚光を浴びる。 出演作として『セントエルモスファイヤー』(,85) 『ヤングガン』(,88) 『ヤングガンU』(,90)『フリージャック』(,92) 『ジャッジメントナイト』(,93)等がある。 ★ヤングガンでは“パット・ギャレット”役にジョン・ウェインの息子で あるパトリック・ウェインがキャスティングされている。 最近のエミリオ・エステベスの頭は、とても寒くなってきている。 |
| エロール・フリン | エロール・フリン Errol Flynn 出生 1909年6月20日〜1959年10月14日 出身 オーストラリア タスマニア アメリカ時代劇の大スター。 西部劇では『壮烈!第七騎兵隊』(1949年) また、第40代アメリカ大統領ロナルド・レーガンがB級西部劇 役者だったころ共演の『カンザス騎兵隊』(1940年)が有名。 |
| オレゴン魂 | オレゴン魂(Rooster Cogburn
) 1975年(米) 監督 スチュワート・ミラー 出演 ジョン・ウェイン キャサリン・ヘッブバーン アンソニー・ザービ ジョン・ウェインのケツから2番目の作品 |
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